TRACE:その概要と進化する債券市場への影響
Abstract
TRACE(Trade Reporting and Compliance Engine:取引報告・相場報道システム)は、多くの市場関係者が期待していたような「万能薬」ではありません。
米国の社債市場はここ数年で飛躍的な変化を遂げてきました。しかし、それを単にTRACE導入によるものだけと受けとめるのは間違いでしょう。市場再編、構造的な変化、新商品の開発、流動性を妨げる金利環境などの複合的な影響も同時に考慮すべきです。他の規制関連プロジェクトと同様、TRACE導入プロジェクトも依然進行中のプロジェクトであり、解決すべき課題は後を絶ちません。
米国社債市場は、常に深刻な流動性の欠如に悩まされてきました。社債の名目元本残高は米債券市場全体の20%を占めているものの、比較すると一日当たりの取引の平均売買高は少なく、同市場取引全体のわずか2.2%にとどまっています。社債の場合、新規発行時の活発な売買がひとたび終了すると、「リアル・マネー」としてバイサイドの帳簿上に計上され、そのまま償還まで何年も眠っているケースもあり得ます。
このような環境下では、不透明で流動性が低く、収益性の高い社債市場に光明を投じることが期待される価格報告システムですが、債券ディーラーがその導入を望むような誘因がありませんでした。その結果として、債券価格の整合性は失われがちとなり、数分の間に執行されたほぼ同サイズの取引間でさえも、価格が大幅に異なるケースがありました。
全米証券業協会(NASD)が主導するTRACEは、米国債券市場の透明性向上を目指す初めての大型プロジェクトです。2002年7月にスタートした同プロジェクトは、その後3年間の経過をたどって、社債取引価格のタイムリーな公開を通じてクレジット市場の効率性向上を図りました。
「TRACEは、多くの市場関係者が期待していたような『万能薬』ではありません」と語るのはセレント証券プラクティスのマネジャーで今回レポートを執筆したハレル・スミスです。「市場の透明性向上は、それ自体は前向きな進展です。しかし、そのことによって米社債市場の構造を良くも悪くも根本的に変えることはないでしょう。TRACEの導入が、債券市場への個人投資家参加の大幅な増加につながることも、機関投資家による売買件数あるいは社債投資を拡大させることもないでしょう。また、社債市場全体の規模が拡大し、取引所取引の義務付けが促進されるといった効果も期待できません。TRACE導入に伴って、特に地方金融機関ではディーラーの利ざやが縮小する可能性がありますが、現在の株式委託売買業務が直面しているような厳しい変化に社債ディーラーがさらされることはないでしょう。」
本レポートは、TRACEの概要をテクノロジーと市場構造を巡る課題の両面から浮き彫りにするとともに、TRACE導入がディーラー、バイサイド、個人投資家に及ぼす潜在的影響に関する分析も提供しています。
本レポートは、13図と1表を含む全34ページで構成されています。