生成AIの導入拡大:保険業界のリーダーが考慮すべきこと
生成AIとともに前進
生成AIテクノロジーは世界のあらゆる産業に信じられないほどのスピードで広がりつつある。2023年3月にOpenAIがChatGPT API を公開して以降、このテクノロジーを採用する動きが拡大し、2023年11月時点では推計で約200万のディベロッパーが生成AIアプリケーションを作成している。
保険業界では、保険会社が積極的に生成AIテクノロジーの可能性を探り、徐々に利用を始めている。その多くは、自社の従業員に対するChatGPTなどのパブリックLLM(大規模言語モデル)への安全なアクセス提供を目指して取り組みをスタートさせた。そこから、主に社内の生産性向上を目的とするカスタムアプリケーションの開発へと歩みを進めている。ほとんどの保険会社はいまだ概念実証(PoC)の段階にあるが、ソリューションのプロダクション環境への投入を始め、保険のバリューチェーン全体への生成AIの利用拡大を計画する保険会社も増えている。
保険業界のリーダーが生成AIの利用拡大を目指すにあたり、検討すべき重要事項は以下のとおりである。
1. 自社開発か市販品購入か:自社独自のLLMを開発するか、既存モデルを利用するか、さらに外部のベンダーソリューションを購入して自社の機能を補完するかといった選択肢を評価・判断する。
保険会社には、自社独自のカスタムLLMモデルを開発するか、既存のオープンソースまたはChatGPTのような市販モデルを利用するかの選択肢がある。カスタムLLMを開 発すれば柔軟性と制御性を最大化し、ハルシネーションなどのリスクを軽減できる。一方で、最大手を除く全ての保険会社にとって、多大なコストと複雑な作業が求められる LLM作成はハードルが高いだろう。そのため、現時点で多くの保険会社はサードパーティのLLMを使って独自のソリューションを開発する方法を選んでいる。
既存のLLMを利用する保険会社に対しては、検索拡張生成(RAG)などの技術を使ってLLMの正確性、妥当性および説明可能性を微調整することが強く推奨されている。RAGの導入には、データエンジニアリングのスキルと適切なインフラの確保が必要になる。
また、顧客サービス用チャットボットなどの専門的なユースケースやMicrosoftのGitHub Copilotといったコード生成ツールへの対応には、インシュアテック企業やソフトウェアベンダーの生成AI製品の採用を検討すべきだろう。
2. 生成AIの未来を考察:自社の未来像を見据えた生成AI戦略を策定
生成AIが今のような成長軌道をたどれば、すぐに保険のライフサイクル全般に浸透するとみられる。だが現在広く導入されている生成AIの機能の多くは、急速なスピードで当たり前のものになっている。生成AIの有用性を高めるためには、最終的に他のAIテクノロジーとシームレスに連携し、生成AIを全社規模のワークフローと業務プロセスにとって不可欠な部分にする必要がある。そのためには、企業はマルチエージェント的なアプローチをとり、複数の専門的なLLMモデルを使いつつ、従来のAI/MLモデルを1つのチームとして連携させて複雑な問題を解決し、複数のAPI対応アプリケーションでタスクを実行する必要があるだろう。
これらの実現に向けては、現代的なデータインフラと社内のAIおよびデータエンジニアリング機能を構築することが不可欠となる。
3. 近代的なデータ基盤とAI機能の構築:強固なデータインフラとAI機能を構築し、生成AIの組織全体への効果的な拡大を後押し
保険会社が革新をもたらす生成AIの可能性を十分に活用するためには、近代的なクラウドデータ基盤を確立し、生成AIテクノロジーの組織全体への拡大・統合に必要な機能を開発することが求められよう。具体的には、強固なデータインフラの構築、社内でのデータエンジニアリングおよびAI人材の確保、MLOPS(機械学習基盤)およびAIモデリングツールの取得、RAG(検索拡張生成)およびAPIインテグレーションのフレームワーク構築、データおよびAIガバナンスの実務の確立などである。
保険会社がこれらの基盤を整備することで、データフローおよびモデルのエンドツーエンド管理、組み入れ型の制御・ガバナンス、自動化の加速が可能となり、生成AI開発の産業化につながる。さらに、マルチエージェントシステムを含む将来のユースケースにも備えることができる。
4. AI規制と責任あるAI実装に向けた計画策定: AIおよびリスクガバナンスのフレームワーク構築
保険会社は急速に進展するAI規制の動向や責任あるAI実装の重要性を常に把握し、規制、法務およびレピュテーションなどのリスク軽減を図る必要がある。
保険各社が生成AIの取り組みを拡大し始めるなか、生成AI開発のライフサイクルを通じて責任および倫理観に基づくAIテクノロジー利用を貫くためには、適切なAIガバナンスとリスク管理の枠組みを策定すべきである。全米保険監督官協会(NAIC)の「Model AI Bulletin」や米国立標準技術研究所(NIST)の「AI Risk Framework」は、保険業界における責任あるAI利用に関するガイドラインを定めている。最近になって、後者には生成AI固有のリスクをめぐる検討事項も加えられた。
より詳細な情報については、セレントのレポート「AIの時代における保険会社のデータガバナンス」を参照されたい。
生成AIテクノロジーは保険業界に多大なポテンシャルをもたらすものだが、そのメリットを拡大・実現するためには入念な計画と投資が欠かせない。業界のリーダーは責任あるAIのプラクティスを確立し、現在および将来のユースケースに対応できる近代的なデータ基盤と機能を構築し、自社開発と市販品購入のいずれを選択するか慎重に判断すべきだろう。
セレントが2024年9月18日にニューヨークで開催する生成AIシンポジウムに参加することにより、急速に進化する生成AIの分野について業界のリーダーからより多くのインサイトを得ることができる。